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平成29年1月16日
         “後期高齢者の伊勢神宮参拝” (1)村上博靱(E33) ひたちなか市在住。
 前から伊勢神宮参拝に行こうと思っていても、なかなか実行できずいたが6月23日は小生75歳の節目、後期高齢者入りでこれはいい機会だと思い、急きょ茨城空港発着の伊勢・奈良の3日間の記念旅行に出掛けた。
そのために今までガラケーだったが旅行中にいろいろ調べることがあるだろうと思いさっそく、スマホを買い求めた。そうは言ってもホテルだけは事前に確保しておかねばならぬと思い、家内に任せ1日目は梅田の「大阪第一ホテル」、2日目は「伊勢シティホテルアネックス」予約をとっておいてくれた。
それ以外は全工程をタブレットに頼り地図や時刻表とにらめっこしながらぶっつけ本番の旅だった。さて、茨城空港の神戸行きに12時05分ころ出発、1時20分にはもう神戸空港だ。そこからポートライナー約20分で三宮に行き、阪神電鉄の梅田駅までおおよそ1時間で梅田駅の地下街。大勢の人々で混雑していた。ホテルは歩いて2~3分のところにあり、丸いビルですぐにわかった。チェックインを済ませたあと、まだ明るいので繁華街、道頓堀に行くことにした。道頓堀も大勢の人でごった返し何やら聞こえてくるのは東南アジア系の言葉。
とにかく外国人が多いのにはびっくり。長い列を作っているお店があったので覗いてみるとタコ焼きやさん。
皆さん買って歩きながら食べていました。
近辺を散策したのでもう十分と思い次はタクシーで大阪城に向かった。
話し好きの運転手さんと世間話をしている間にもう大阪城入口に到着。さすがに大阪城は静粛につつまれ雄大な城を眺めていると落ち着いたような気がした。
昔の人は良くもこんなにも立派な城を築いたなあと感心しつつ、特に堀の広さと石垣の大きな石には目を見張りました。約1時間散策したあとあたりも暗くなってきたので、タクシーでホテルに帰り今日の予定は無事こなすことが出来た。お蔭で今夜はぐっすり眠れそうだ。明日は早く伊勢に行くことにした。(続く)




“後期高齢記念の伊勢神宮参拝” (2)村上博靱 (E33)

 二日目は伊勢に行くため早く起き、環状線で鶴橋に出てそこから伊勢方面の近鉄特急に乗った。所用時間約2時間。伊勢神宮駅を降りると外宮の鳥居がすぐそこに見えた。入口のお土産さんの2階で「おかゆ御膳」を食べたあと、鳥居をくぐりいざ参拝が始まる。
実は伊勢神宮には今迄2回来たが、本宮は「感謝の気持ちを参拝」して個人の「欲望、願いごとは」は別宮で参拝
する事を初めて知りました。今回の参拝の本命は内宮だったので、外宮はそこそこ切り上げ路線バスで内宮に向かった。20分くらいで到着し、外宮に比べ多くの参拝客が本宮に向かう姿を見ることが出来た。
大きな鳥居の前で写真を撮り右に曲がり歩き出して数分、後ろから規則正しく迫ってくる足音で振り返ると、なんと2列に並んだ高校生だった。無駄口は一切利かず、ただもくもくと歩いている長蛇の列にちょっと驚いた。
行儀がいいなあ感心し、どこの生徒か気になったので一緒に歩きながら話かけてみた。「どこの学生さんですか」「皇学館高校です」「何人くらいいるんですか」「全校生徒1,100人できました」「年に2回ここに来て参拝しています」との返事だった。
引卒の先生がたも黒のスーツで身を固め列の所々に付き添って歩いていた。そう言えば私も黒か白を羽織って来なければとその時気付いた。後で調べたらすぐ近くの神道系の由緒ある「皇學館高校」であることがわかった。
歩くこと十数分、階段を上り切ったところが参拝の場所だ。学生達は整列し、本宮に向かって参拝する姿は壮観というか威容にも感じた。
全員で柏手を打つ音色はぴったり合って静寂な社に響きわたり消えた。私たちも参拝が終わり帰路の途中、報道関係のカメラマンが一か所に陣取り、今から始まる催事の撮影に備えていたので足を止めた。その祭りというのは伊勢神宮祭主の参拝であることが後で解かった。その間一般参拝者の歩行も禁止され、決められた場所で祭主の列を見送りすることになった。めったにない二つの出来事に偶然にも接することが出来て良かったと思いました。
内宮の近くのお土産さんがある「おかげ横丁」で腹こしらえして、そのあとタクシーで二見浦に向かった。
二見興玉神社の夫婦岩を参拝したあと、近くのお土産さんでタクシーを呼び二見が浦駅まで行き、JR参宮線でホテルのある伊勢市に戻ってきました。ホテルは近鉄伊勢駅から徒歩3分くらいのところにあったが、周囲にはお店もない閑散とした町だった。明日は奈良だ。(続く)










後期高齢者の伊勢神宮参拝” (3)   村上博靱(E33)

 三日目の朝は少しゆっくりして再び近鉄特急で奈良に向かいました。途中2回乗り換え意外と早く近鉄奈良駅に到着予定。到着数分前に電車の左窓側の広場に平城京がぽつんと見えた。近鉄電車が平城京の広場を横断していたのでもうすぐ奈良駅だとわかりました。
「奈良」の語源は諸説があるが、段差のある都を造成のため「地をならす」から「なら」という説もあると聞いたことがある。だからいたるところに段差が見受けられた。
 その一番高いところに築いた寺が興福寺です。残念ながら本堂を工事中だったので今回は行かなかった。
さて、ロッカーに荷物を預けて駅前のバス停から、まず大仏殿のある東大寺に行きました。バスに乗ること数分、そこはもう多くの参拝客というか修学旅行の生徒達でひしめきあっていた。門前の左側に広いバスの駐車場には、色とりどりのバスが止まっていて数の多さにびっくりしました。一年中こんなにたくさんの観光客がここに来るのにはそれなりの訳があります。奈良には国宝がいたるところあり、またそれが世界遺産に登録されている。
奈良時代に建立された歴史を誇る大仏殿がその一つだ。 間口57u、奥行50u、高さ48m木造建築では世界一。その中に高さ15mの大仏さんが鎮座している。それをひと目見るために国内はもとより外国からの観光客も半端ではない。大仏殿から歩いて今度は春日大社に向かい40分ほどで着きました。
つかれたせいか足取りは重くとても長く感じました。
ここに来るまでの参道には多くの釣灯篭や石灯篭が設置されて、すべて昔は庶民の寄進によるもので名前が刻まれていた。途中雨が降り出したので早目に参拝を終わらせ、タクシーで近鉄奈良駅に戻り近くの繁華街「東向き商店街」に行ってみました。名前がユニークだったのでそのいわれを聞いたら、興福寺にお尻を向けてはいけないので西側にのみ建物が建てられ全ての建物が東を向いていたそうです。その後興福寺の勢力が衰退すると、通りの東側にも建物が建つようになったとのこと。
いよいよ帰路につくため神戸空港発16;10に乗るために逆算して近鉄奈良駅を13;00に出発することにしました。西大寺駅で乗り換えて近鉄〜阪神直通電車三宮駅に向いました。そし予定通りに神戸を発ち茨城空港には17;25着きました。途中空の駅「そらら」に立ち寄って家内は現実の世界に戻り食料品を買いあさってきました。かくして後期高齢者の二泊三日、伊勢神宮参拝旅行は無事終わることが出来ました。(終)